るりの創作部屋

創作のための格納庫

星月夜 1話

 

松田香凜は悪夢にうなされて目を覚ました。
 
数年前から1人で暮らしているが、今でも時折母親の悪夢を見る。
「ただの夢」とは受け流せないほど、悪夢は長くて鮮明だ。
 
母親にいじめられる悪夢も不快な気分にさせられる。
だが今回の夢の中で家族をきつく詰っているのは、香凜だった。
 
「これ注文して。金はあんたが払えよ」
母親にやられたことをそのままやり返す。
 
「この嫌がらせは人生を親に潰された腹いせだ」。
腹の中でわかっていても母親への憎しみを止められない。
香凛は、自分の振る舞いが嫌で仕方なかった。
 
母親は直接手を下さず、相手の弱点を刺激して焚き付ける。
意図的に父娘を対立させて、自分は存在を消すこともよくある。
家庭内は香凛が安心できる場所ではなかった。
 
母親は憎しみに突き動かされているところがあった。
その母親と同じ弱さが香凛自身にある。
夢であっても、香凜にとって直視したくない事実だった。
 
母親は香凛を精神的に追い詰め、弱点を刺激する。
先に香凛を怒らせたはずの母親が、いつのまにか被害者面をしている。
そして爬虫類のようなぎょろっとした目をパチクリさせて訴えてくる。
 
母親は態度で「あんたの方が悪魔だ。あんたも弱い人間なのよ」と暗に訴えたいようだ。
なぜそんな行動を取るのか真意はわからない。
相手を悪者に仕立て上げたいのか、家族と共依存を続けたいのか、
それとも何も意識していないのか。
母親が他人を無意味に引き摺り下ろさなければ自分を保てないとすれば、その方が問題は深刻だ。
 
香凜が母を許せず、実家に帰らないのは、
少しでも母と関わったら自分の弱さを暴かれ、
香凜も同じ憎悪の吐き出し方しかできなくなるからだ。
解決しない憎悪に囚われている暇はない。
これは香凜から母親への精神的な決別だ。
 
「そうそう、彼らと関わってはいけない」
 
自分にそう言い聞かせるだけで体に力が戻っていく。
香凜はベッドを出て、朝の支度を始める。
 
こんな悪夢を見てしまった原因は、ツイッターで炎上している問題に熱中したせいだ。
 
議題に上がっている町なんて、香凜には縁もゆかりもない。
それなのに「今時ありえない。かわいそう」という感情に絡め取られると、
事情を深く知りたくなる。
香凛は相手が悪だと認識し、
心の中で相手を糾弾して憂さ晴らしをしてしまった。
噂話には人間の持つ闇の感情を引き出す力がある。
そして行き過ぎた勧善懲悪で相手を裁くことは、爽快感でやめられない。
SNSなんて人間の心理を操ることが巧みなただのプログラムなのに、自ら踊らされに行っているのだ。
これを「熱中」と呼ぶのなら、インターネットは恐ろしく毒性が高い。
 
母を過剰に悪だと切り捨てて責めることと、
SNSでの炎上を糾弾するのは同じ弱さだった。
 
ネットをうまく扱えないのなら、しばらく距離を置こう。
いつものルーティンをこなしながら、香凜は少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

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